カッサンドラは、トロイアの王女である。彼女は、アポロンから予言の能力を授けられるが、彼女がアポロンの愛を拒んだので、その予言は誰にも信じられないという条件が付けられた。したがって、彼女は、トロイアが滅亡する過程において、不吉な前兆をすべて正しく予言するが、誰にも信じられなかった。
この小説は、ミュケナイの獅子門前で自分の死を待つカッサンドラによって数時間に語られた回想・述懐からなる。英語版ウィキペディアには、カッサンドラの語りは「意識の流れ(stream-of-consciousness)」で語られると書いてあるが、この小説は、同じ古代ギリシャの叙事詩を題材にしたジェイムズ・ジョイスの「ユリシーズ」に比べると、難解ではないと私は思った。
この小説の分量は、ドイツ語の原書(
Kassandra
)で、179 ページ(ペーパーバック)であり、小説としての長さは中編小説である。
この小説が面白くなるのは、カッサンドラが精神錯乱を起こし、自室に閉じ込められる場面(原書で79ページ)からである(逆から言えば、この小説は、その場面の前までは、はっきり言って退屈する)。すなわち、パリスが、ヘレネーの夫、スパルタのメネラオスを前に、ヘレネーをスパルタから奪うことを宣言したあと、カッサンドラは、身の毛もよだつ叫び声を上げ、精神錯乱の発作を起こす。その場面で、カッサンドラは、パリスのヘレネー誘惑・誘拐がトロイアに苦難をもたらすことを、トロイヤ人に知らしめる。カッサンドラの叫び:
> 恐れよ、とその声が叫んだ。恐れよ、恐れよ。船を出してはならぬ!
は、トロイアの王家とその家臣たちにとって事件であった。カッサンドラのトロイヤ戦争への関与が始まる。
ここに私は、戦争が、男社会形成・男社会の価値尺度のつくられていくプロセスであるのを見るのと同時に、女の抵抗が --- つまり、カッサンドラの抵抗が、戦争への抵抗であることを見る。それをヴォルフは描いた:
> ギリシャ神話は、このトロイア戦争を物語ったホメーロスの『イーリアス』と『オ
> デュッセイアー』のなかに、はじめて文学として登場する。ここでは、戦争の物語が直
> ちに男社会形成の物語として、男社会の価値尺度のつくられていくプロセスを私たちに
> 明らかにする。ヴォルフはまさにこの場所に立って、ホメーロスではない、女のトロイ
> ア戦争を書こうとした。そのことによって、男社会成立の原点に立って、女の言葉で語
> ろうとした。女ホメーロスの出現である。三枝和子さんの解説 『カッサンドラ』 --- 語
> り直された神話 カッサンドラ (クリスタ・ヴォルフ選集) 中込啓子訳 恒文社 247
> ページより
しかし、私はまた、カッサンドラが本当の戦争のプロセスを知ることはなかったことをも、ヴォルフは書いたと思う。戦争のプロセスは、カッサンドラの内部にも(彼女は自尊心によってプリアモスやパリスに抵抗した)、外部にもあった(ポリュクセネの破滅を阻止できなかった)。彼女は、戦争にどう関わっていけばいいのか、分らなかった。
彼女は予言することはできた。
しかし、
> いやだと言うことが私の定めだった
彼女は予言者であったが、自分がいかに行動すべきかは知り得なかった。
> 征服された一族の女奴隷たちには、相も変わらず勝利者側の繁殖力を増進していかざる
> を得ないでないか。わたしはそれを知らなかったのか?(中略)すべてのトロイアの女
> 性たちを(中略)われわれ一門の死に巻き込む以外に何もできなかったというのは、王
> 家の娘(カッサンドラ)の思い上がりなのだろうか?(「カッサンドラ」本文 28
> ページ 中込啓子訳より)
戦争の勝利者は、敗戦国の女を得ることによって、さらに繁殖力を増す。カッサンドラは、自分はそれを知らなかったのか、と自問する。そのような問いを繰り返しながら、カッサンドラは、「戦争」と「国家の滅亡」の隠れた理由と真実を学習する。それらは、21世紀を生きる私たちにとっての指針かも知れない。
ちなみに、ドイツ語版ウィキペディアでは、登場人物と旧東ドイツとを下記のように関係づけている
Eumelos → Sicherheitsdienst / Staatssicherheit (Stasi) 東ドイツ (ドイツ民主共和国)の秘密警察・諜報機関である国家保安省
Priamos → Staatsapparat 国家機関
Hekabe → Partei (SED) ドイツ社会主義統一党
Marpessa → arbeitende Masse 労働者階級である一般大衆
Arisbe → Frauenbewegung 女性運動
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カッサンドラ (クリスタ・ヴォルフ選集 3) 単行本 – 1997/9/1
- 本の長さ259ページ
- 言語日本語
- 出版社恒文社
- 発売日1997/9/1
- ISBN-104770409230
- ISBN-13978-4770409232
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登録情報
- 出版社 : 恒文社 (1997/9/1)
- 発売日 : 1997/9/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 259ページ
- ISBN-10 : 4770409230
- ISBN-13 : 978-4770409232
- Amazon 売れ筋ランキング: - 670,574位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
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