著者との出会いは20年ほど前にふと古本屋で見にして、購入した「ものぐさ精神分析」でした。
それから「続ものぐさ精神分析」や「不惑の雑考」、「ふき寄せ雑文集」、「黒船幻想」、「幻想を語る」、「さらに幻想を語る」、「心はなぜ苦しむのか」などを読み、その多岐にわたる「唯幻論」の万能さに触れてきました。
しばらく遠ざかっていたところ、最近になってYouTubeでたまたま著者が教鞭をとっていた和光大学で2004年に行われた最終講義「ある西洋史」の映像をみる機会がありまして、そのざっくばらんで気さくな人柄から、スルスルと飛び出してくる、トンデモハップンな歴史論に久々に度肝を抜かれました。その講義の内容をさらに詳しく書いたのが本書であり、また「嘘だらけのヨーロッパ製世界史」でありますので、これも読まれるといいと思います。
精神分析学の分野で活躍してきた著者が晩年に歴史論にたどり着いたのも、思えば、初期の名著「ものぐさ」に所蔵されている「時間と空間の起源」において「時間は悔恨に発し、空間は屈辱に発する」とあるように、近代西洋史や明治以降に編纂された日本史こそ、著者自身の神経症の原因であったからにほかならない。
ここで思い出すのは、ニーチェの「この人を見よ」における「病者の光学」、「かくれているところを見抜く」心理学、「一切の価値の価値転換」といった概念である。
こう書くと、唐突に何を、と思われるかもしれないが、著者は「続ものぐさ」所蔵の「フロイドとニーチェ」において、「ニーチェの著作には、フロイドが多年にわたる臨床的経験と苦しい思索の果てにやっと辿りついた洞察があちこちに、きらめく直観のように散りばめられている」とし、フロイドの先駆者としてニーチェをあげている。
こういう直観力は著者にもあるようで、「さらに幻想を語る」所蔵の「共同幻想について(吉本隆明との対談)において、吉本は岸田氏の論理の立て方が「思い切ってやっちゃってるなあ、丸太ん棒でさかんにアリかなんかぶん殴ってるみたい」と表現している。こういう直感力が大胆な歴史観にも大いに発揮されているのが本書であり、また「嘘だらけのヨーロッパ製世界史」である。その中で「歴史は客観的記述のように思い込んでいるが、一種のプロパガンダ、コマーシャルなのではないか」と語っている。
戦時中、坂口安吾が文芸批評の中で、「歴史のホンモノという物はどこにも在りはしないのだ。」と書いていたが、われわれのように戦争のない平和な時代にいるとそういうことに気づかない。著者もギリギリ戦前派であり、時代の価値転換を身をもって体験し、その結果、神経症になり、その自己療法としてフロイドを読み、「多年にわたる苦しい思索の果てにやっと辿りついた洞察が」本書であるといえよう。
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日本史を精神分析する―自分を知るための史的唯幻論 単行本 – 2016/12/24
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なぜ日本は対米従属の軛を脱することができないのか。
混迷の色を深める日中・日韓関係のゆくえは。
日本の歴史を精神分析することで、「自分たちはどこに立っているのか」「なぜ日本はこうなのか」がくっきりと見えてくる。最良の聞き手を得て、岸田秀が日本の諸問題を縦横に語る。
【書評・メディア情報】
南日本新聞(2月19日)/書評(松竹伸幸氏・ジャーナリスト)
北日本新聞(2月19日)/紹介
神戸新聞(2月26日)/書評(松竹伸幸氏・ジャーナリスト)
信濃毎日新聞(2月26日)/書評(松竹伸幸氏・ジャーナリスト)
京都新聞(2月26日)/書評(松竹伸幸氏・ジャーナリスト)
琉球新報(2月26日)/書評(松竹伸幸氏・ジャーナリスト)
書標 ほんのしるべ(2月号)/紹介
新潟日報(3月12日)/書評(松竹伸幸氏・ジャーナリスト)
佐賀新聞(3月12日)/書評(松竹伸幸氏・ジャーナリスト)
公明新聞(3月27日)/書評(加藤典洋氏・文芸評論家)
混迷の色を深める日中・日韓関係のゆくえは。
日本の歴史を精神分析することで、「自分たちはどこに立っているのか」「なぜ日本はこうなのか」がくっきりと見えてくる。最良の聞き手を得て、岸田秀が日本の諸問題を縦横に語る。
【書評・メディア情報】
南日本新聞(2月19日)/書評(松竹伸幸氏・ジャーナリスト)
北日本新聞(2月19日)/紹介
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琉球新報(2月26日)/書評(松竹伸幸氏・ジャーナリスト)
書標 ほんのしるべ(2月号)/紹介
新潟日報(3月12日)/書評(松竹伸幸氏・ジャーナリスト)
佐賀新聞(3月12日)/書評(松竹伸幸氏・ジャーナリスト)
公明新聞(3月27日)/書評(加藤典洋氏・文芸評論家)
- 本の長さ312ページ
- 言語日本語
- 出版社亜紀書房
- 発売日2016/12/24
- 寸法13.5 x 2.1 x 19.5 cm
- ISBN-104750514918
- ISBN-13978-4750514918
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商品の説明
著者について
岸田秀(きしだしゅう)
精神分析者、エッセイスト。1933年生まれ。早稲田大学文学部心理学専修卒。和光大学名誉教授。『ものぐさ精神分析 正・続』のなかで、人間は本能の壊れた動物であり、「幻想」や「物語」に従って行動しているにすぎない、とする唯幻論を展開、注目を浴びる。著書に、『ものぐさ精神分析』(青土社)、「岸田秀コレクション」で全19冊(青土社)、『幻想の未来』(講談社学術文庫)、『二十世紀を精神分析する』(文藝春秋)など多数。
柳澤健(やなぎさわたけし)
1960年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。文藝春秋に入社し、「週刊文春」「Number」編集部などに在籍。2003年に退社し、フリーとして活動を開始する。2007年にデビュー作『1976年のアントニオ猪木』(文藝春秋)を上梓。著書に『1964年のジャイアント馬場』(双葉社)、『1985年のクラッシュ・ギャルズ』(文藝春秋)、『1974年のサマークリスマス』(集英社)などがある。
精神分析者、エッセイスト。1933年生まれ。早稲田大学文学部心理学専修卒。和光大学名誉教授。『ものぐさ精神分析 正・続』のなかで、人間は本能の壊れた動物であり、「幻想」や「物語」に従って行動しているにすぎない、とする唯幻論を展開、注目を浴びる。著書に、『ものぐさ精神分析』(青土社)、「岸田秀コレクション」で全19冊(青土社)、『幻想の未来』(講談社学術文庫)、『二十世紀を精神分析する』(文藝春秋)など多数。
柳澤健(やなぎさわたけし)
1960年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。文藝春秋に入社し、「週刊文春」「Number」編集部などに在籍。2003年に退社し、フリーとして活動を開始する。2007年にデビュー作『1976年のアントニオ猪木』(文藝春秋)を上梓。著書に『1964年のジャイアント馬場』(双葉社)、『1985年のクラッシュ・ギャルズ』(文藝春秋)、『1974年のサマークリスマス』(集英社)などがある。
登録情報
- 出版社 : 亜紀書房 (2016/12/24)
- 発売日 : 2016/12/24
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 312ページ
- ISBN-10 : 4750514918
- ISBN-13 : 978-4750514918
- 寸法 : 13.5 x 2.1 x 19.5 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 531,272位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,159位日本史ノンフィクション
- - 1,194位東洋史
- - 1,738位地方別日本史の本
- カスタマーレビュー:
著者について
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2017年2月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
岸田さんのファンなので、買いました。
以前から思っていましたが、口調は変わらず、唯幻論から一歩もはみ出ていません。
この本にはとにかく興味深いことがいろいろ書いてあって、読むのが非常に楽しかった。
300ページあるので、読み返すのは大変だが、内容が濃いのでもう一度くらいは読まないと消化できそうにない。
ただの繰り返しと片付けるには惜しい本です。
以前から思っていましたが、口調は変わらず、唯幻論から一歩もはみ出ていません。
この本にはとにかく興味深いことがいろいろ書いてあって、読むのが非常に楽しかった。
300ページあるので、読み返すのは大変だが、内容が濃いのでもう一度くらいは読まないと消化できそうにない。
ただの繰り返しと片付けるには惜しい本です。
2017年8月26日に日本でレビュー済み
対話集で入門編というか、そんなに専門性の高い内容を求めないコンセプトであるから、あまり目くじらを釣り上げるべき事ではないが、議論が雑すぎます。もう少し根拠を丁寧に論証して欲しい所です。
例えば14ページ、「明治維新のときは過去の日本は間違っていた。これから新しい日本が始まる。ということで欧米諸国に侮られない軍国日本の建設に必死になりました。」これは分かります。しかし次の文「敗戦後の日本もまた同じように、これまでの日本は間違っていた。これから新しい日本を作ろう。と全面的に間違っていたと否定し、無視し・・・」
大雑把過ぎませんか?明治維新は国民が起こした革命ではなく、支配階層の入れ替わりに過ぎず、革命を指導した人たちは行動をスムーズに行かせるために過去の否定と幕府の政治を極端に解釈し否定します。第二次大戦後は、国民ほぼすべてが何らかの形で関与しており、むしろ心のよりどころを失ったところでGHQの占領洗脳政策に乗っかっていた方が都合が良かったから、そのような発言をした人がいたと解釈した方が良いでしょう。
その他、天皇制についてもどうも言いっぱなし、やりっぱなし感がぬぐえません。
例えば14ページ、「明治維新のときは過去の日本は間違っていた。これから新しい日本が始まる。ということで欧米諸国に侮られない軍国日本の建設に必死になりました。」これは分かります。しかし次の文「敗戦後の日本もまた同じように、これまでの日本は間違っていた。これから新しい日本を作ろう。と全面的に間違っていたと否定し、無視し・・・」
大雑把過ぎませんか?明治維新は国民が起こした革命ではなく、支配階層の入れ替わりに過ぎず、革命を指導した人たちは行動をスムーズに行かせるために過去の否定と幕府の政治を極端に解釈し否定します。第二次大戦後は、国民ほぼすべてが何らかの形で関与しており、むしろ心のよりどころを失ったところでGHQの占領洗脳政策に乗っかっていた方が都合が良かったから、そのような発言をした人がいたと解釈した方が良いでしょう。
その他、天皇制についてもどうも言いっぱなし、やりっぱなし感がぬぐえません。
2017年1月20日に日本でレビュー済み
フロイトの精神分析というよりも、「岸田心理学」とまで表現されている独自の精神分析思想。
そんな岸田秀氏は『現代思想』誌においても、70・80年代は看板執筆者でした。
いわゆる「唯幻論」といわれる「すべては幻想である」というテーゼのもとに、人間の幻想を
ぶった斬っていくその文章は、過激なまでに読書を不安のドン底へ叩き落とすくらいのイン
パクトと影響力があったわけです。
それも今は昔、岸田氏も和光大学名誉教授となり、大学教育からは引退して、あのヒョウヒョウ
とした「頼まれたら書く」「書いたら売れて印税も入る、誠に有り難い。」というようにスタイルを
ずっと崩さない人です。
ですから本書も、聞き手がいて、それに応答する形式の語り本として出来ています。
岸田氏のもうひとつのスタイルに「史的唯幻論」と呼ばれるものがありますが、国家を一人の
人間または人格とみなして、国家やその歴史を精神分析するという異色のものです。
主に「米国と日本」の関係に重点をおいて、今まで何冊も本が出版されていますが、本書もその
ほとんどは「米国と日本」の関係についての国家精神分析ということを行っています。
ただです、私は本書を買うまでに神田の書店に3回電車代も使って、実物の本書もそこで読んで
しまいました。
それでも買わなければレビューは書けないので(私は本に線を引いたり、書き込みを必ずする癖が
あります)、3回目の来店でようやく買う決心をしたわねなんです。
じつは最近の岸田秀氏の本については、現物を試し読みして納得したら買うということにしているんです。
なんか私の馬鹿みたいな行動の話しなわけですが、それくらいにもう最近の岸田氏の著作にはかつての
切れ味と新鮮さが無くなっていると同時に、私はかなり岸田氏の言説に違和感と抵抗感を感じるように
なってしまったことが、理由なんです。
本書の第8章までは、今まで書いてきたことの繰り返しで、岸田ファンとしては特記することもありません。
問題は「中国と韓国と日本」の関係におけることを分析した箇所だったのですが、これも私の期待とはかなり
かけ離れた出来だと、私自身は感じました。
理由は、まず今現在、中国・韓国とは何かと揉めている状況なわけですが、その歴史事実認識が岸田氏は
ちょっと勉強も「ものぐさ」になっているらしく、書いている事件などの内容に首を傾げたくなってしまったんです。
それらの内容を書いていくと、収まりきらないのでやめておきますが、これは読者の方が直接確認された方が
公平かと思います。
結果的に、私は「中韓」と「日本」との分析とその方法論にも、共感も納得も出来ませんでした。
もちろん、私ごとき一読者と長年活躍してきた「学者」と、どちらの意見が一般的に信憑性があるんだ?と問わ
れれば、私には反論する術は一切ありませんし私の完敗でしょう。
それでも、歴史を考える上で岸田氏の取る手法である、「対立する二国間の関係分析」というのは、二国間の
出来事や歴史だけで済むはずがありません。
中国だって日本以外にどこと対立していたり、どういう地政学的戦略によって、現在の中国をまとめたか。
韓国もずっと古代中国から何度も何度も侵略されて、民族の命も奪われて・・・。
そうしたことは除外して、「日中間」「日韓間」の問題を考えるというのは暴挙のようにも思えたわけです。
新刊である本書では、そのくらいに扱いが短く、かつ乱暴で、「たしかに関東大震災時の朝鮮人虐殺は酷かった」
というフレーズだけがあって、実際に警察資料に残っているように、警察は朝鮮人集団を殺している記録が残っ
ています。
しかし、どういう経緯からなのか?、実際はどの程度の数なのか?、朝鮮人集団が暴行や略奪などをしたという
事実(もちろんそれは、全員ではないでしょうが、いたという証言だって沢山あります)などを精査することも無く、
既成事実の前提化を軽くして、「けっきょく、どちらの国にも問題があったんだから、最良の解決策はそのことを
共通認識として共有すること」などという、「喧嘩両成敗ですね♪」というレベルに堕していると思われたので、ここ
まで厳しく書かせてもらっています。
取り敢えずは、実績のある有名で一世を風靡した学者さんですから、ぜひ読者の皆さんに直接読んでいただいて
ご判断を仰ぎたいという思いです・・・。
そんな岸田秀氏は『現代思想』誌においても、70・80年代は看板執筆者でした。
いわゆる「唯幻論」といわれる「すべては幻想である」というテーゼのもとに、人間の幻想を
ぶった斬っていくその文章は、過激なまでに読書を不安のドン底へ叩き落とすくらいのイン
パクトと影響力があったわけです。
それも今は昔、岸田氏も和光大学名誉教授となり、大学教育からは引退して、あのヒョウヒョウ
とした「頼まれたら書く」「書いたら売れて印税も入る、誠に有り難い。」というようにスタイルを
ずっと崩さない人です。
ですから本書も、聞き手がいて、それに応答する形式の語り本として出来ています。
岸田氏のもうひとつのスタイルに「史的唯幻論」と呼ばれるものがありますが、国家を一人の
人間または人格とみなして、国家やその歴史を精神分析するという異色のものです。
主に「米国と日本」の関係に重点をおいて、今まで何冊も本が出版されていますが、本書もその
ほとんどは「米国と日本」の関係についての国家精神分析ということを行っています。
ただです、私は本書を買うまでに神田の書店に3回電車代も使って、実物の本書もそこで読んで
しまいました。
それでも買わなければレビューは書けないので(私は本に線を引いたり、書き込みを必ずする癖が
あります)、3回目の来店でようやく買う決心をしたわねなんです。
じつは最近の岸田秀氏の本については、現物を試し読みして納得したら買うということにしているんです。
なんか私の馬鹿みたいな行動の話しなわけですが、それくらいにもう最近の岸田氏の著作にはかつての
切れ味と新鮮さが無くなっていると同時に、私はかなり岸田氏の言説に違和感と抵抗感を感じるように
なってしまったことが、理由なんです。
本書の第8章までは、今まで書いてきたことの繰り返しで、岸田ファンとしては特記することもありません。
問題は「中国と韓国と日本」の関係におけることを分析した箇所だったのですが、これも私の期待とはかなり
かけ離れた出来だと、私自身は感じました。
理由は、まず今現在、中国・韓国とは何かと揉めている状況なわけですが、その歴史事実認識が岸田氏は
ちょっと勉強も「ものぐさ」になっているらしく、書いている事件などの内容に首を傾げたくなってしまったんです。
それらの内容を書いていくと、収まりきらないのでやめておきますが、これは読者の方が直接確認された方が
公平かと思います。
結果的に、私は「中韓」と「日本」との分析とその方法論にも、共感も納得も出来ませんでした。
もちろん、私ごとき一読者と長年活躍してきた「学者」と、どちらの意見が一般的に信憑性があるんだ?と問わ
れれば、私には反論する術は一切ありませんし私の完敗でしょう。
それでも、歴史を考える上で岸田氏の取る手法である、「対立する二国間の関係分析」というのは、二国間の
出来事や歴史だけで済むはずがありません。
中国だって日本以外にどこと対立していたり、どういう地政学的戦略によって、現在の中国をまとめたか。
韓国もずっと古代中国から何度も何度も侵略されて、民族の命も奪われて・・・。
そうしたことは除外して、「日中間」「日韓間」の問題を考えるというのは暴挙のようにも思えたわけです。
新刊である本書では、そのくらいに扱いが短く、かつ乱暴で、「たしかに関東大震災時の朝鮮人虐殺は酷かった」
というフレーズだけがあって、実際に警察資料に残っているように、警察は朝鮮人集団を殺している記録が残っ
ています。
しかし、どういう経緯からなのか?、実際はどの程度の数なのか?、朝鮮人集団が暴行や略奪などをしたという
事実(もちろんそれは、全員ではないでしょうが、いたという証言だって沢山あります)などを精査することも無く、
既成事実の前提化を軽くして、「けっきょく、どちらの国にも問題があったんだから、最良の解決策はそのことを
共通認識として共有すること」などという、「喧嘩両成敗ですね♪」というレベルに堕していると思われたので、ここ
まで厳しく書かせてもらっています。
取り敢えずは、実績のある有名で一世を風靡した学者さんですから、ぜひ読者の皆さんに直接読んでいただいて
ご判断を仰ぎたいという思いです・・・。