「青春」は1898年に創作され、同年に雑誌発表されたものです。翌99年には名高い「闇の奥」が同じ雑誌に発表されています。
「青春」は、「闇の奥」にくらべると、制作年度は1年の差しかありませんが、習作という感じは否めません。
傑作というほどのものではないのに、この短篇はしかし、日本でこれまで異なる訳者でなんども訳されており、どうしてこれほどまでにくりかえし翻訳が出たのか少し不思議な気がします。
中篇小説ながらいきなり内容的に重い「闇の奥」ではむずかしいので、コンラッドらしい海洋小説ということもあり、日本の読者にはまずこの短篇でコンラッド入門ということだったのでしょうか。短いものなので、翻訳もしやすいという理由もあったのかもしれません。
小説は、枠物語になっていて、つづく「闇の奥」や『ロード・ジム』(1900年)にも登場するマーロウが物語の語り手となっています。44歳のマーロウが、20歳のころ体験した話を酒を飲みながら仲間たちにむかって語るというかたちをとって物語が展開していきます。
老朽船でイギリスの港から遠くアジアのバンコックにむけて出航したものの、老朽船ゆえの不具合やら汽船との衝突やら暴風との遭遇やらで船は海と港とのあいだでなんども行きつ戻りつしたうえで、ようやく大洋への長い航海に出るのですが、目的地が間近になったところで船火事にみまわれ、船の沈没、さらにボートによる漂流とつづき、その後ついに久しく待ちこがれた東洋の地が遠望されるというあたりで物語は終わります。
航海につきまとうさまざまな苦難にもかかわらず、それをむしろ楽しんでいたかのような、海に捧げた自分の青春を思いかえし、最後自分の話を締めくくるにあたってマーロウは「ああ、昔は楽しかった。青春と海だ」と、そうつぶやきます。いや、語りの最中もしばしば現在の自分に立ち返って、そこから振りかえるようになんども「青春」という語を感慨深げに口にします。
「青春」が小説のタイトルになっているゆえんです。
ただ船の沈没については、『ロード・ジム』にあったような、ただならぬことが起こっているという緊迫感はなく、ボートによる漂流も、たとえばこのコンラッドの小説と同年にアメリカで発表されたスティーヴン・クレインの短篇「オープン・ボート」にみられるような、海のまっただなか、生死のあいだを極限状態でさまようといった張りつめた緊張感はありません。
この小説では沈没も漂流も、青春(!)ゆえにか、マーロウはどちらもむしろ楽しげです。
併録されているもうひとつの短篇「ドルのために」(1914年)は、『闇の奥』や『ロード・ジム』の系譜にある小説といってよく、これもまた枠物語になっていて、東南アジアの一地方を舞台に、小さな船の船長であるデヴィッドソンなる優しくも男気のある人物に起こったできごとをサスペンスフルに描いています。
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
青春 他1篇 (岩波文庫 赤 248-3) 文庫 – 1940/2/3
- 本の長さ114ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日1940/2/3
- ISBN-104003224833
- ISBN-13978-4003224830
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (1940/2/3)
- 発売日 : 1940/2/3
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 114ページ
- ISBN-10 : 4003224833
- ISBN-13 : 978-4003224830
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,065,060位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
カスタマーレビュー
星5つ中3.5つ
5つのうち3.5つ
2グローバルレーティング
評価はどのように計算されますか?
全体的な星の評価と星ごとの割合の内訳を計算するために、単純な平均は使用されません。その代わり、レビューの日時がどれだけ新しいかや、レビューアーがAmazonで商品を購入したかどうかなどが考慮されます。また、レビューを分析して信頼性が検証されます。
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2004年2月3日に日本でレビュー済み
■収録作品
青春
ドルのために
2作とも海の男の物語です。でも,主人公は対照的です。「青春」の主人公は,溢れるばかりの若さと,その象徴である情熱を胸にバンコックへと旅立ちます。船で起こる全てのことが,彼には輝かしい青春の光に満ち,どんなに時間が流れても,その色が褪せることはないのです。対照的に「ドルのために」の主人公は,落ち着いた分別のある男です。そして,勇敢で心優しくもあります。しかし,それがために避けられたかもしれない不運に見舞われてしまうのです。僕の感想としては,「ドルのために」の方が好きです。「海こそが青春だ!」と言われても,ちょっと感情移入に躊躇してしまいます。一応,青春を海で過ごした男ではあるんですが。だからといって,「ドルのために」の主人公に感情移入できるというわけではないんですが,彼の哀愁というか,運命のジレンマに,思わず背筋がひやりとします。
青春
ドルのために
2作とも海の男の物語です。でも,主人公は対照的です。「青春」の主人公は,溢れるばかりの若さと,その象徴である情熱を胸にバンコックへと旅立ちます。船で起こる全てのことが,彼には輝かしい青春の光に満ち,どんなに時間が流れても,その色が褪せることはないのです。対照的に「ドルのために」の主人公は,落ち着いた分別のある男です。そして,勇敢で心優しくもあります。しかし,それがために避けられたかもしれない不運に見舞われてしまうのです。僕の感想としては,「ドルのために」の方が好きです。「海こそが青春だ!」と言われても,ちょっと感情移入に躊躇してしまいます。一応,青春を海で過ごした男ではあるんですが。だからといって,「ドルのために」の主人公に感情移入できるというわけではないんですが,彼の哀愁というか,運命のジレンマに,思わず背筋がひやりとします。