出版社内容情報
プロシア軍を避けてルーアンの町を出た馬車に、“脂肪の塊”と渾名(あだな)される可憐な娼婦がいた。空腹な金持たちは彼女の弁当を分けてもらうが、敵の士官が彼女に目をつけて一行の出発を阻むと、彼女を犠牲にする陰謀を巡らす――ブルジョア批判、女性の哀れへの共感、人間の好色さを描いて絶賛を浴びた「脂肪の塊」。同じく、純粋で陽気な娼婦たちと彼らを巡る人間を活写した「テリエ館」。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
のっち♬
127
娼婦を中心に据えた短編2編。『脂肪の塊』は普仏戦争を背景に人々の偽善や利己心が冷徹に炙り出される。終盤のマルセイエーズとすすり泣きの明晰な対比は真の愛国者は誰なのかを訴えかける効果的な演出、「温厚篤実な人々」の宗教や主義こそが脂肪の塊だろう。従軍経験者の著者の厭戦思想が色濃く出た傑作。『テリエ館』は一転して賑やかで大らかな雰囲気に包まれる。世間から卑しげに見られている娼婦の清純な心を表出すると共に、落下物にはもったいぶった宗教儀式への皮肉が感じられる。魂の高潔さは社会的地位と相関しないことを揶揄した一冊。2021/07/11
ヴェネツィア
109
モーパッサンのデビュー作と、それに続いて作家的地位を確立した作品。『脂肪の塊』は、普仏戦争時のプロシア占領下のノルマンディーを舞台に描かれる物語。極限状況ではないまでも、特殊な環境の中での人間模様であり、訳者の青柳瑞穂氏はこちらを評価するが、自然主義の観点からはむしろ『テリエ館』をとりたい。そこでは宗教も、田舎の純朴さも、街の男たちの小狡さもが徹底的に突き放されて揶揄されている。物語が書かれたのは1880年代初めだが、世紀末のデカダンスとはまた別の潮流において、20世紀の近いことを随所に予見した作品だ。2013/04/29
こばまり
56
娼婦の存在を通して生き生きとした世俗が浮かび上がる2編。嗚呼モーパッサンは素晴らしい。読んでいてロートレックの絵が想起されました。どちらも好きなのに初めてのこと。2015/08/09
aika
51
題名の強烈さに惹かれて、数年ぶりのモーパッサンでした。普仏戦争での敗北で住む場所を追われたフランスの人々。馬車に乗合わせた娼婦ブール・ド・フイスから食べ物をもらったのに、根底では彼女を蔑み続ける人々の負の感情が物語を支配します。特に、娼婦を敵のプロシア士官への生贄に画策する場面は、身の毛もよだつほどにリアルでした。私もきっと彼らと同じことをするのだろうと、エゴイズムを否応なしに見せつけられます。幕を閉じるラ・マルセイエーズが、後悔と虚無の入り交じるこんなに物悲しい響きだなんて、思いもしませんでした。2022/05/16
Kajitt22
48
「テリエ館」は娼婦たちと教会という、いわば水と油を混ぜ合わせ、シュールな味わいも感じさせる中編小説。教会での聖なる体験の後、帰ってきたテリエ館で生き生きと働く娼婦たち。おおらかさを感じる一編。元気をもらえるかも。「脂肪の塊」は戦時中身勝手な登場人物ばかりの中で、一人毅然とした行動をとる娼婦ブール・ド・スイフの強さと哀しみが何とも言えない。2018/06/26