吉本ばなな 著、新潮社、2002.95近藤 真菜(文学部 日本語日本文学科 1年)本書は、小説家・吉本ばななの初短編集である。表題作の『キッチン』、その続編『満月』、そして吉本ばななが大学の卒業制作として書き上げた『ムーンライト・シャドウ』が収録されている。私は吉本の書く文が好きだ。高校生の時、『バブーシュカ』を読んで感動し、その後少しずつ彼女の本を読み始めた。何より、彼女の言葉の選び方がとても好きだ。特別文学的でリズミカルという訳ではない。むしろ要領を得ないような言い回しがあったり、それを登場人物が指摘するような場面もあった。しかし、彼女の書く文にはどこか惹き込まれる。言葉のひとつひとつが、何気なくとも特別感さえ感じさせるのだ。個人的な話だが、読みながらぬるま湯の中を揺蕩っているような感覚になる。本書『キッチン』の3編も、同様の心地がした。『キッチン』『満月』は2作の主人公である桜井みかげの、『ムーンライト・シャドウ』はさつきの視点で物語が進む。それらには彼女たちの大小様々な考えや思いがたくさん込められている。しかし、決して読みづらくはない。人間の女性の思考の波を、吉本は静かに、そして上手く表現している。とにかく本書を読んで、吉本の描く世界にハマるきっかけになってほしい。私が吉本の本を読み始めたきっかけは高校生の時の国語の授業だったが、その後お薦めしてくれたのは母である。彼女もまた、大学生か大学を卒業したかの頃、吉本の小説をよく読んでいたそうだ。実家の方にも何冊か残してあるらしい。もちろん彼女は、『キッチン』の3編も読んだことがあった。そして私が図書館で借りてきた際に、一緒に読み返した。すると彼女は、「初めて読んだときと捉え方が変わった」と言った。そして彼女は、とにかく「とてもよかった」と言っていた。そこでどう変わったのかは聞かなかったのでわからないが、「捉え方が変わる」というのは何となくわかる気がした。吉本の文の読みやすさは、主人公の心がそのまま描かれていることにあると考えている。つまり読みて自身の変化が、小説の捉え方の変化に繋がっているのではないだろうか。この本をお薦めするもう一つの理由は、この「変化」を味わってほしいからだ。物語を深く理解する力を持った大学生の今、『キッチン』に収録されている素晴らしい物語を読んでほしい。そして数年後、より多くの出来事を経て、価値観も何もかも変わるであろう将来に、もう一度この本を読みたい、そして読んでほしい。優秀賞『キッチン』
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