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84金子 千聖(文学部 歴史学科 1年)私は人に「何かおすすめの本はある?」と聞かれたときは、必ずこの一冊を薦めるようにしている。高校二年でこの本に出逢ってから十人程に薦めたが、その内七人は「へえ!おもしろい」と返してくれ、二人は「太宰治が体に合わない」と途中でリタイア(内容は面白いと言ってくれた)、残った一人はそもそも本嫌いで「そんな細かくて分厚いの読めるか」といってきたため、丁寧に絵本をお薦めしておいた。つまり、この本は根っからの活字アレルギーか、太宰治に嫌悪を抱いていない限り、ものすごく楽しめる一冊なのである。ここまで読んで条件に当てはまった貴方、本書は深草と瀬田に一冊ずつしかありません。さっさと借りてしまいましょう。後悔はさせません。さて、お伽草紙—かなり大雑把に言ってしまえば日本昔話—というと、どんなものが浮かぶだろうか。この日本に生まれたにもかかわらず、一度もそういうものに触れたことが無いという人はほぼいないだろうから、今皆様の脳内には様々な昔話が流れていると思われる。勧善懲悪、ハッピーエンド、日本独特の不可思議さ…。そのままでも十分魅力的ではあるが「所詮は子供向け、大昔に絵本で読んだものをいまさら薦められても」という方もきっといらっしゃる。では、想像してみてほしい。その子供向けの物語を、あの『人間失格』の太宰治が書いたとしたらどうなるか。答えはこの一冊に詰まっている。『カチカチ山』の狸は若い兎に付きまとう助兵衛野郎、少女兎はそんなきしょいおっさんを徹底的かつ残酷に叩きのめす活躍を魅せる。『浦島さん』の主人公は世間知らずのお坊ちゃん。なにかとまわりくどい亀に乗せられ、哲学的な美で彩られた竜宮城へ、不思議ちゃん電波な乙姫と出会う。『舌切雀』を読む人は周囲にイラっとする男性がいるなら注意。主人公に殺意が湧いてくる。どの話も流れは元と変わらないのに展開が読めない。なにより太宰治が書いてるものだから、全体に散りばめられた皮肉と笑いが心地よい。防空壕の暗がりで、娘に絵本を読み聞かせながらこんなことを妄想していたと考えると、その才能は天性のものだと納得できる。物語の解釈はもちろんだが、途中途中にはいる著者太宰のツッコミも楽しい。日本昔話というとっつきやすいテーマでも、しっかり「太宰治らしさ」を感じることができるだろう。一つの話が短いため、通学中・休み時間・待ち合わせ等々、にぴったりだ。「…ふっ」と笑えて勉強の息抜きにもちょうどいい。何より、「周りがスマホ見る中おもむろに文庫本開いて太宰治読む俺、かっけえ」をしたい方、ぜひこの一冊でどうぞ。優秀賞『お伽草紙;新釈諸国噺』太宰治 作、岩波書店、2004.

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