いとうせいこう 著、河出書房新社、2013.75廣野 菜摘(法学部 法律学科 3年)この本の主人公、DJアークは雪が降る中赤いヤッケひとつで高い杉の上に引っかかっています。そんな彼のラジオを、私たちは自分の想像力で聴きます。自分の想像力で聴くとはどういうことかと言うと、DJアークの声の質とか高さとか、頭の中に今流れている音楽とか、色んなことが『聴いて』いる人次第というわけです。そこから何を考えたとかそういうことも自分次第。つまり想像ラジオはリスナーによってラジオの様相が違うわけです。本でそれを表現するのは難しいように思えませんか。ですがこの本では完璧に否定がなされることがないために、想像ラジオを実現できていると私は思います。人物の主張も、読んでいる自分の考えや経験が否定されることもありません。例えばこの本の題材は東日本大震災ですが、そこから別の地震台風や戦争、またはなんでもない日に亡くなった大切な人の死へ思いを馳せたってなんの弊害もありません。私もこの本を読んだ時、小学校の時にひいおばあちゃんが亡くなって、しばらく彼女に宛てた手紙を紙飛行機にして人が入れない隙間に飛ばしていたことを思い出しました。成長して無意味なことをしていたなと思っていましたが、この本を読むと、それは私がひいおばあちゃんが亡くなった事と向き合うために必要な作業で、対話だったと思えました。直接その行為は無駄じゃないよと言われたわけではありません。でもストーリーの中で、私はそっとそれがあってよかったんだよと教えてもらえました。特別な行動がなくても、この本を読んで何か思いを馳せたこと—想像したことがあれば、震災から離れていても、違和感や齟齬感なく読み進めることが出来ます。想像が膨らんで本を閉じたり、次にページを開く日時がいつでも、それが否定されることはありません。全てを受け止めるような優しさを持っていることがこの本の最大の魅力だと思いますし、想像力という自分の力で小説にちりばめられた重く難しい題材へ向き合わせることを、投げたら返って来ない小説という媒体でそれが出来ていることに言葉の力の大きさを改めて感じます。私は自分が死んだら、この優しさに包まれるため、そして結末のように想像力に力を借りるために、まずこの本が読みたいと思うくらいに安心と信頼を感じています。ラジオではない字のネタバレは防ぎたいので話が抽象的になりましたが、想像ラジオのどこで、何を思い、感じられるかはその人の想像力次第なので、ぜひ自分で『聴いて』みてほしいと思います。優しいけれど頼もしいので、題材やあらすじにおびえることなく本を開いてみてください。大 賞『想像ラジオ』
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