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61楠本 恭子(文学部 歴史学科 2年)坂口安吾の作品集は岩波文庫などでも出版されているが、今回私が推薦したいのは筑摩書房から出版されているちくま日本文学全集の『坂口安吾』である。坂口安吾はその生涯において実に多くの作品を残した作家である。現在は青空文庫でも読むことができるが、青空文庫での作品数は400件を超えるほど。当然、読もうと思っても何から読めばいいか分からなくて困る。そんな人にこの「筑摩書房の安吾」を薦めたい。収録作品のバランスが非常に良い、というのが主な理由である。安吾作品には様々な顔がある。『堕落論』のような鋭い角度から人間や社会を見た評論、『白痴』のような戦争文学、『桜の森の満開の下』のような幻想的且つ狂気的な説話風小説もあれば、笑劇的小説である『風博士』、『高千穂に冬雨ふれり』のような読んでいて割とホッコリするエッセイもある。安吾作品は作品によりガラッと雰囲気が変わるため、一言で示すのは難しい。そこがまた安吾作品の面白さではあるが、そのような多面的な安吾作品の中から一番バランスよくピックアップしているのはこの筑摩書房の『安吾』ではないかと思うのである。先述した安吾作品は全てここに収録されている。『風博士』から始まり、『桜の森の満開の下』で掉尾を飾る。『風博士』はそのタイトルの通り、風になる博士の話。『桜の森の満開の下』の最後には、桜舞う森の中で掻き消えるものがある。突風のようにやってきて、花となり消えていく。そんな掲載順にも、なかなか風流なところがある。長編の作品がないのも読みやすくて良い。とはいえ近代文学を全く読まない人からすれば、近代文学というと「堅苦しそう」というイメージがついて回り、何かとっかかりがないと手を出しにくいのではないだろうか。堅いというのはイメージにすぎず、収録作品の一つである『勉強記』などは読んでいると思わず笑ってしまいそうになるので電車内で読むのは危険と言いたいところなのだが、それはともかくとして坂口安吾という作家は実は龍谷大学に全く無関係ではないのである。坂口安吾は一時期伏見に住んでいたことがあり、最初の下宿先が龍大の隣にある警察学校の向かい側にあるため、かなり近くに住んでいたことが分かる。『日本文化私観』では伏見稲荷大社のことも一部書かれているので、どのような書かれ方をしているかは実際に読んで見てほしい。そして何よりも、安吾作品は是非とも龍大在学中に、まずはこの筑摩書房のちくま日本文学全集『坂口安吾』から手にとって、読んで頂きたい。優秀賞『坂口安吾:1906-1955』坂口安吾 著、筑摩書房、1991.

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