51真方 翔平(文学部 歴史学科 3年)私は大学生になり一人暮らしを始めてから三年が経とうとしているが、ある日突然「家族」というものが恋しくなることがある。「早く起きなさい!」「今日のご飯は何がいい?」—かつては耳障りであった言葉の数々が、今ではあまりにも得難いものに感じられる。ただ実際に長期休暇中、実家に帰って家族に対面すると、「めんどうくさいな」と思う事の方が多い。やはり失っている時にしか大切さが分からないもの—それが「家族」というものなのだろう。今回お薦めする向田邦子著『寺内貫太郎一家』は、その「家族」というものが中心テーマとなっている。ある五人家族とその周辺人物が織りなす、笑いあり涙ありの物語について紹介していきたい。本作品には個性的な「家族」が登場する。そのメンバーを紹介すると—題名にも挙がっている、「寺内石材店」通称「石貫」の三代目主人・寺内貫太郎、その妻の里子、娘の静江、息子の周平、そして貫太郎の母・きん、という面々である。各々が誰にも負けない特徴を有していて、それが時にぶつかることで、そこに滑稽さや哀愁さを含んだ物語が生まれる。また「寺内家」以外にも、二代目時代からの石工・向い獅子のイワさんやその弟子であるタメ公、「寺内家」の手伝い・相馬みよ子、「石貫」の向かいの花屋の主人・花くま、といった特徴ある人物が登場し、物語に花を添えている。本作品において物語が生じる発端となる出来事には幾つか種類があるが、その中でも取分け面白いと思われるのは「親子喧嘩」である。そのことがよく分かる、寺内貫太郎と息子・周平の遣り取りがある。ある息子の言動に腹を立てた貫太郎が「おい! お前、誰のおかげで食ってると思ってんだ!」と怒鳴りつける。すると周平がそれに対して、「食わせるのいやなら、子供なんか作らなきゃいいんだよ」「オレ、生んでくれって頼んだ覚えはないからね」と反論する。—この親子喧嘩の場面を目にしたとき、私を思わず吹き出してしまったのを覚えている。なぜならこのような親子喧嘩を、私も経験したことがあるからだった。「自分もこんな喧嘩したなー」と、ついつい思い出し笑いをしてしまう、そんな有り触れた「親子喧嘩」が本作品にはたくさん詰め込まれている。「親子喧嘩」は貫太郎と周平の間だけでなく、貫太郎と静江、きんと貫太郎の間でも繰り広げられるので、関係性によって色合いを変える「喧嘩」シーンを是非楽しんで頂けたらと思う。人と人との繋がり方が日々複雑になっていく現代社会。そんな中で大切になってくる「人間関係の温もり」というものを、本作品を通して感じて頂けると幸いです。優秀賞『寺内貫太郎一家』向田邦子 著、岩波書店、2009.
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