45中嶋 太一(経済学部 国際経済学科 4年)本書の初版は今から約40年前の1974年であり、当時の日本は自動車産業の牽引によって高度経済成長を遂げ、深刻な公害問題に直面している時代でした。著者はこの問題に先駆けて、公害や交通事故などの自動車が抱える金銭面では捉えられない負担を「社会的費用」として算出しました。日本が高度経済成長に酔いしれていた当時、モータリゼーションや道路開発がもたらす負の側面を指摘し、警鐘を鳴らしたのは現代においても示唆に富みます。同書では、現代文明の象徴とされてきた自動車が人々の社会を侵犯しているという認識の下に議論が始まります。その具体例が環境破壊や交通事故に他ならないのですが、その原因を自動車の普及と道路建設による公共交通機関の衰退に求めます。自動車文化の発祥の地であるアメリカを例に挙げ、自動車の大衆化と道路建設の補助の関係の歴史的考察を行った上で、次に日本の事情について論じていきます。そこでは、路面電車の積極的評価や横断歩道橋の非人道性の指摘を通して、日本における自動車社会を特徴付けます。そして、筆者の重要な論点である「社会的費用」概念が提示され、受益者(自動車の利用者)が負うべき費用が支払われないまま、第三者あるいは社会全体によって負担されることの矛盾や問題性の鋭い批判がなされます。同書のポイントは、単に自動車の普及に起因する弊害を顕在化させることにとどまらない点にあります。筆者は陳腐な表現になってしまうことを恐れずに専門的用語の使用を避けましたが、実は同書では新古典派経済学という主流の現代経済学への批判が背景としてあります。このことから筆者は、社会的費用の概念を通じて、現代経済学が見落としがちな人間的側面を再考すべきだとする著者のメッセージ性を感じずにはいられません。同書は主に経済学的側面からのアプローチを試みるものではありますが、社会的費用の概念は経済・環境問題のみならずあらゆる方面に拡張し得る概念です。学者的な文体で少し堅い部分もありますが、素人を想定した丁寧な説明がなされており、また新書という体裁をとっていることから、学部を問わず誰にでも読んで頂けると思います。最後になってしまいましたが、著者の宇沢弘文氏は世界的な理論経済学者でした。しかし、日本人初のノーベル経済学賞の受賞者として期待されながらも、昨年9月に多くの方に惜しまれつつも他界されました。遅ればせながら追悼の意を込めて同書を推薦致します。時代を経ても色褪せない同書から学ぶ点は多いのではないでしょうか。優秀賞『自動車の社会的費用』宇沢弘文 著、岩波書店、1974.
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