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34木口 蒼良(文学部 哲学科 2年)『男子の本懐』は、昭和五年一月に金輸出解禁を行った浜口雄幸と井上準之助の物語である。第一次世界大戦が終結されると、主要国の多くが金本位制の中止を解除したが、日本は機を逃し慢性的な通貨不安に陥った。そのため、金の輸出解禁は政府の最重要の課題であったが、金解禁はすぐに効果が現れないため、不景気や緊縮財政による軍事費削減の反発などに耐えなければならなかった。「デフレ政策を行って、命を全うした政治家はいない」と言われ、八代もの内閣が避けた金解禁を浜口と井上は決死の覚悟で断行し、銃殺される。『男子の本懐』において最も注目すべき点は、浜口と井上の対極の人間性と共通の決意である。二人の生涯や性格が細かく書かれ、「静の浜口、動の井上」「物怯じしない行動力は、浜口には新鮮であったし、一方、井上は、それまで接した人々にはない重々しい迫力を、浜口の中に感じた」など比較を用いられながら書かれている。生まれ育った境遇も性格も対極にある二人の男の共通する点が、金解禁政策に対する命を賭けた決意である。経済面や国際的な問題だけでなく、当時強大な力を持っていた軍部や枢密院からの反発や世界恐慌が起こったことによる国民の不安があった。デフレ政策は、すぐに効果が現れず不景気をもたらすため、憎まれ役を買うことになり、常に命の危険が付きまとう。浜口は妻の夏子に「途中、何事か起こって中道で斃れるようなことがあっても、もとより男子として本懐である」と、井上は今回の大蔵大臣は命が危ないと妻の千代子に言い、「自分にもしものことがあったとき、後に残ったおまえが、まごつくようでは、みっともない」と覚悟を語った。浜口の誠実さと井上の奔放な行動力と二人の男の一心の覚悟によって数々の問題を解決し金解禁を行う。そして、二人は金解禁の後に銃殺される。近年の政治の状況を見ると、選挙のためにその場しのぎの政策を挙げ、保身のために困難な問題を避けようとする政治家の存在が目立つ。さらに今日では、政務活動費の不正自給や領収書の偽装など、自らの私欲のために動く政治家が多く、浜口らが行った私利私欲のない政治や信念は現代では見られない。投票率が減少し、政治離れが進行する次の世代を担う若者こそ読むべき一冊であり、過去に浜口と井上といった一心に思う信念を持った人間がいたからこそ、現在の私たちの生活があることを実感できる一冊である。大 賞『男子の本懐』城山三郎 著、新潮社、1983.

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