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三浦しをん 著、新潮社、2013.26清 麻梨子(経済学部 国際経済学科 4年)天国旅行。その非現実的なタイトルに私はひかれた。この本の作者である三浦しをん氏といえば、『まほろ駅前多田便利軒』や『風が強く吹いている』といった作品が映画化されており、なかでも今年の春公開された『舟を編む』はまだ記憶に新しいだろう。まさに売れっ子作家の1人だ。そんな人気作家の作品である本作品は、どれも“死”を共通のテーマとした短編集である。“死”とは誰しもが直面しうる状況であるが、そう多く経験するものではない。ましてや自分自身の体が“死”を経験するのは人生に一度きりのことだ。現実世界に疲れ、自らが選ぶ死もあれば、戦死や事故死など本人の意思とは関係なしに、死を受け入れなければならない場合もある。そんな様々な状況に応じた“死”が現実的に、ときには非現実的に描かれている。私はこの、現実的であり非現実的であるところに、本作品の最大の魅力を感じる。本編に掲載されているどの小説を読んでも、どこか実感の湧かない、心にぽかりと穴が開いたような気持ちになる。それはやはり、“死”というものを普段から認識しているようでしていない、近くて遠い存在としてとらえているからであろう。しかし、そのことがかえって自身の想像力をかき立てる。読み進めていくうちに、本の中の世界に想像が膨らんでいく。現実に起こりうる話から、“死”という特別な道しるべのもと、気づけば非現実的な世界へと足を踏み入れているのだ。また、この気づけば、というところがミソである。作者は始めからあり得ない世界は描いていない。どこか現実にあり得そうな状況を描きながら、そこに“死”を組み込んでくるから、だんだんと小説の世界観に入り込んでいくのである。この何とも言えない、非現実的な感覚を現実世界で味わってみるのはいかがだろうか。卒業旅行、慰安旅行、新婚旅行、旅行にもさまざまあるが、新たに天国旅行を付け加えてみてもおもしろいかもしれない。この本がその際のチケットとなるだろう。優秀賞『天国旅行』

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