98篠崎 剛蔵(法学部 法律学科 4年)皆さんは身近にいる大切な人についてどれだけ知っていますか。この物語は元刑事の藤島という男が、離婚して以降離れて暮らす娘の加奈子(女子高生)が失踪したという知らせを聞いたことをきっかけとして娘を探し出すために奔走する物語です。そして、行方を捜すため加奈子の友人知人から話を聞いていくことで、父親である藤島が全く想像もしなかった娘の加奈子の恐ろしい本性が暴かれていきます。この物語の特徴は、メインの主人公である元刑事の藤島の視点から描かれる章と藤島と全く接点の無い中学生の“僕”というキャラクターの目線で描かれる章が交互に折り重なることで展開していく点にあります。主人公の藤島は暴力沙汰を引き起こしたことが原因で、名目上刑事を依願退職させられているなど、元々から大いなる凶暴性を兼ね備えています。それにもかかわらず、物語が進行する中で娘の深過ぎる闇を覗き見てしまい、以前の藤島の性格を遥かに超えた狂人へと変貌していくことになるのですが、その過程が圧倒的なスピードと凄まじい破壊力を併せ持つ文章で描かれており読者の心を大きく揺さぶります。一方で中学生の“僕”の物語では学校でのいじめや思春期特有の悩みが淡白に描かれており、藤島視点の物語とは対をなす構成が特徴的です。しかし、“僕”も加奈子とその周囲の人物たちが作り出した深過ぎる闇に落ちることで破滅への道を少しづつ辿っていくことになります。このように『果てしなき渇き』では、女子高生の加奈子を中心とした闇の渦に藤島と“僕”が落ち続けるという出口の無いノワール小説となっています。皆さんはノワールというジャンルの小説を読んだことはありますか。ノワールとはフランス語で「黒」や「暗黒」を意味し、主に犯罪者の視点から物語を描く小説のことを指すそうです。私はノワール小説とは何かを語れるほど数多く読んだわけではありませんが、これまでに読んだノワール小説のほとんどで共通している点が①登場人物に感情移入できない②バッドエンドを迎える、という2点です。登場人物が悪に染まる背景にはやむを得ない点が多くあり、理解できるのですが、登場人物たちが取る行動の一つ一つに常人では思いつかない行動や思考が見え隠れします。ノワール小説において主人公の敵は悪人ですが、主人公もどうしようもない悪人であるため、結末では喧嘩両成敗となり何らかの形で登場人物全員が不幸になります。誰かが幸せになるハッピーエンドには出会えませんが、ある程度全員が平等に地獄に落ちるバッドエンドには出会えます。『果てしなき渇き』も主人公である藤島と“僕”が次第に犯罪に手を染めていくため、決してハッピーエンドにはなりませんが、開き直るように破滅へ進む二人の姿は爽快感さえ感じられるので、最後まで読み進める手を止められない面白さとなっています。特別賞『果てしなき渇き』深町秋生 著、宝島社、2007.
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